プリズム 〜6〜
俺も先生と手をつなぎ、互いの『信頼と親切』を確かめたい。
そう九郎が思ったとしても、当然のことであったろう。
弁慶やヒノエ、景時や朔、そして敦盛ほどにも何をするというアテも無い九郎は
つまり、八葉で最も暇を持て余していた九郎は、
リズヴァーンと手をつなぐ事だけを思い願って、
リズヴァーンの身辺でスキを伺っていた。
そんな九郎の妙な様子に気が付かないリズヴァーンではなかったが、
まさか九郎の目的が、ただ単に師と仰ぐリズヴァーンと『手をつなぐ』という
子供のような願望であることまでは、さすがに見通せなかった。
理由は不明ながら、自分の身辺に必要以上に徘徊する九郎を気にかける
リズヴァーンと
手をつなぐ口実を見いだせなくて、無駄にリズヴァーンの身辺を徘徊してしまう九郎
という構図がもう3日も続いていた。
「さ、さすがリズ先生だ。ス、スキがない……」
「やれやれ、九郎の無器用さは相変わらずですね」
そう溜息をつく、弁慶であった。
その日の夕刻。
寒風吹きすさぶ、江ノ電・極楽寺駅。
ゴトゴトと江ノ島に向かって2両の電車が動き出す。
その駅舎から出てくる影2つ。
「だいぶ遅くなってしまいましたね」
「うむ」
「九郎と景時も待ちわびているでしょうね。
ああ、リズ先生、そちらの袋は僕が持ちましょう」
「問題ない」
「いえ、僕の好みで買った酒とつまみですからね。
それを先生に持たせてしまっては、後で九郎に何を言われるか……」
「フッ、分かった。……弁慶、すまぬな」
「いえいえ。ところで先生は御存知でしたか?」
「……?」
「こちらの世界では、信頼と親切の証として」
そう言い終わらない内に、弁慶はリズヴァーンの手を取り
「こうして、暖め合うのだそうです」
「……誰にそのような……。……ああ、神子か」
「ええ、たぶん出所は望美さんなのでしょうが」
「と、言うと」
「先日、景時が九郎にそんな事を言っているのを偶然聞いてしまったもので」
「九郎と…景時……。そうか」
そうして弁慶とリズヴァーンは、その手を弁慶のコートのポケットでつなぎ、
有川邸までの家路を歩き始めた、その刹那。
「あ! 先生、そろそろお帰りになる頃だと思い、お迎えに……、
! べ、弁慶! お前、先生と!」
「ああ、九郎。お迎え、ご苦労様ですね。では、これを持ってくれますか。
それと、リズ先生のそちらの荷物も」
「弁慶! 質問に答えろ! お前、先生と何をしている!」
「いやだな、九郎。見て分からないのですか。手をつないでいるんですよ」
「それは分かっている!」
「だったら、何で尋ねるのでしょうね」
「俺が、まず最初に……。俺が先生と手を……と」
「『信頼と親切の証』でしょう。最初も後も無いと思いますよ」
「べ、弁慶、それはそうだが……」
その時、
「さ、九郎」
と、手にした荷を九郎に渡したリズヴァーンは、空いた手を九郎に差し出した。
「先生!」
「私は、九郎にも『信頼と親切の証』を示したいと思う」
「先生……」
「有川邸までの短い間では、モノ足りぬと思うが」
「そのような! もったいない御言葉です」
「やれやれ、大の大人が3人で手をつないでいたのでは、
道路がふさがって車にも迷惑でしょうからね。
僕は先に行って、酒盛りの準備をする事にしましょう。
リズ先生、ほんの少しの間ではありましたが
手をつないでいただきまして、ありがとうございました。
先生の手の温もりは」
「うむ。弁慶の手も心地良い温かさだった。
……九郎。弁慶に、感謝するのだな」
「はぁ?」
「嫌だな。フフフ、リズ先生には敵わないな」
そういうと弁慶は2人に背を向け
「では、お先に」
そう言って、有川邸に向かって歩を早めるのだった。
「僕としたことが……。人と手をつなぐことが、これ程とは……」
そういって、リズヴァーンの温もりの残る右の掌を眺めるのであった。
11/08/29 UP